はじめに
本教材では、デジタルプロダクトの目的にあわせて、対象を「評価」する方法について学びます。
「評価」とは、「ものの価値を定めること」です。価値を定める尺度は相対的なものであり、目的によって変化します。ここでは、デジタルプロダクトの目的を読み解いたうえで、表現の機能的な価値を評価する方法を学びましょう。
目的を読み解き、尺度を生み出す。
デジタルプロダクトは、何らかの目的を達成するために、様々な手段を組み合わせて表現されています。
目的を達成する手段は、ひとつとは限りません。なぜ、その手段が選ばれたのでしょうか。また、その手段は本当に目的に合致しているのでしょうか。日常で出会うさまざまな表現を観察し、手段と目的の整合性を考えてみることが、みずから尺度を生み出すために必要なプロセスです。
Contents
- キークエスチョン
- 評価とは?
- 目的を達成しているか?
- キークエスチョン(再)
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学習目標
- デジタルプロダクトの目的を読み解き、機能が目的を達成しているかを具体例を挙げて説明できる。
考えてみよう
はじめに、下記の Google Form で質問に回答してください。あなたの回答は匿名で集計されます。回答が終わったら、その他の学習者の回答を確認してみてください。
本編では、デジタルプロダクトを目的に照らして「評価」する方法について学びます。学習の最後に、ここで評価した対象を、もう一度、評価してください。
学習の前後でキークエスチョンに取り組むのは、あなた自身が、今のあなたと学習後のあなたを比較できるようにするためです。重要なのは、学習による変化をみずから経験することです。学習によって、あなた自身の語彙や観点に変化があったかどうかを、意識してください。
評価とは何か?
評価とは、「ものの価値を定めること」です。私たちは普段、動画コンテンツやウェブページをみて、「わかりやすい」「読みやすい」などと直感的に判断しています。評価の基準はあるけれど、自覚しているわけではない、ということがほとんどではないでしょうか。
実は、評価する力は観察力と密接につながっています。観察力が高まってくると、評価基準を言語化できるようになります。評価基準が言語化できるようになると、より具体的な観察が行えるようになります。
本教材では、デジタルプロダクトの機能を観察・解釈することで、デジタルプロダクトを評価する尺度を見出し、実際に評価をおこなうプロセスを紹介します。
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評価のアプローチ
デジタルプロダクトを評価するためには、評価の尺度が必要です。尺度を作るには、目的を読解する必要があります。試しに、前回視聴した動画の「目的」を推理してください。
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自分の体験と与えられた情報から、目的を読み解く
自分自身の体験を思い起こしてみましょう。動画をみて、あなたは最終的にどのような心理や行動に至りましたか? 記憶が整理できたら、動画の目的を推理しましょう。与えられた情報を吟味し、「誰が」「誰に」「何について」発信しているのか検討します。
この動画は、「心理学の研究者」が、「YouTubeの一般視聴者」に、「研究内容:選択的注意(Selective Attention)に関する視覚実験」について発信していますね。YouTubeに公開していることから、心理学の専門家というより、一般人を対象にしていると読みとれるでしょう。
次に、「なぜ」発信しているのかを検討します。ここではより具体的に、デジタルプロダクトが、ユーザーに「どのような変化を与えようとしているのか」を検討しましょう。
この動画の終盤に注目してください。実験結果に興味をもった視聴者が、動画制作者のサイトを訪問したり書籍を購入したりできる「導線」が設計されていますね。この動画をきっかけに、研究内容に興味を持ってもらいたいという、制作者の意図が感じられます。一般に、このような導線が、目的を読み解くヒントになります。
以上の考察から、「著者の研究内容に興味を持ってもらうこと」を目的としていると解釈できます。目的の推測は、答えがひとつとは限らないため、ざっくりとしたもので構いません。
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目的が、機能を評価する尺度になる
目的がわかると、動画の構成や表現を評価する「尺度」を検討できます。この場合、「YouTubeの一般視聴者」に「研究内容:選択的注意に関する視覚実験」について伝え、「興味を持たせる」という目的がありました。
動画の機能を評価する尺度は、たとえば、次のように設定できるでしょう。ここで定義する尺度もおおざっぱで構いません。
- 「YouTubeの一般視聴者」に動画の意図が伝わること。
- 「研究内容:選択的注意に関する視覚実験」に視聴者がしっかり騙されること。
- 「研究内容」に興味を持たせる工夫があること。
たとえば、対象が「YouTubeの一般視聴者」ですので、専門知識がなくても伝わる内容にすべきですね。「専門知識がなくても伝わるって、どのくらいだろう?」といった、新たな問いが生まれたら、ぜひ掘り下げてください。たとえばテレビ番組では、中学2年生に伝わる表現や言い回しを基準にしているそうです。このように、既存の評価基準を参考にすることもできます。
さて、目的が機能を評価する尺度になる、という意味が掴めてきたでしょうか。目的から逆算する発想で、評価尺度を生み出すことができるのです。
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機能を分析し、評価する
では、動画の目的をふまえて、選択された表現の機能を評価してみましょう。はじめに、メディア形式から検討してみます。なぜ「動画」を採用したのでしょうか。目的は、認知バイアスに関する視覚実験を紹介することです。視覚実験を直接体験できる「動画」が効果的であることは明白ですね。したがって、メディア形式の選択が目的に合致していると評価できます。
また、視聴者が実験結果に驚き、興味をもつことで、著者のサイトを見たり著作を購入したりする導線がデザインされていました。導線を成立させる第一の関門は、視聴者が実験に「興味をもつ」ことです。そのためには、視聴者が実験結果にきちんと驚けるように、情報を組み立てる必要があります。
もし、サムネイル画像にゴリラが映っていたらどうでしょう。動画タイトルが「the invisible gorilla」だったらどうでしょう。それは、まずいですね。ゴリラが出てくることが視聴者にわかってしまうと、実験の意味がありません。この動画が、目的に合わせて表現手段を選択していることが見えてきたのではないでしょうか。
このように、目的に対して情報がどのように組み立てられているのかを考えることで、デジタルプロダクトを評価することができます。
目的を達成しているか?
ここでは、デジタルプロダクトの目的をふまえて、表現手段のはたらきを評価する具体的なプロセスを紹介します。前回に引き続き、「2019 Graphic Design Trend 」を題材にしましょう。
はじめに、このウェブページが、「誰が」「誰に」「何について」発信しているかを考えます。続いて、閲覧ユーザーに「どのような変化を与えようとしているのか」検討しましょう。
このウェブページは、「Adobe社」が「ウェブサイトの作り手」に向けて「ビジュアルトレンドをふまえた写真表現に Adobe Stock が役立つこと」を発信していますね。ユーザーが流行のキーワードとビジュアルに興味を持ち、Adobe Stock のサイトを閲覧し、最終的にAdobe Stock を利用する、という導線が想定できます。
導線を成立させるには、流行のキーワードとビジュアルをわかりやすく伝えることが重要な課題となります。そこで、ウェブページの機能が果たすべき目的を、流行のキーワードとビジュアルをわかりやすく伝えることだと仮定しましょう。
ここからは、「わかりやすさ」を支える二つの観点、「言語表現とビジュアル表現の相互作用」「ビジュアル表現同士の相互作用」に着目して、ウェブページの機能を評価する方法をお伝えします。
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言語表現とビジュアル表現の相互作用
言語表現とビジュアル表現
このウェブページは、近年のビジュアルトレンドをキーワードで分類し、キーワードに合致する写真を紹介する構成になっています。どちらかといえば、言語表現よりもビジュアル表現に重きをおいている印象です。
ここで、言語表現とビジュアル表現の違いを整理しておきましょう。どちらも、メリットとデメリットがあります。
言葉はへだたりをつくり、絵はつながりをつくる
これは、国際的な図説言語(今でいうピクトグラム)の創出を目指したオットー・ノイラートが、著書『ISOTYPE』で述べた言葉です。ノイラートは、国際社会において言語の壁を超えるには、絵の力が必要だと考えました。ビジュアル表現は、特定の言語を持たなくても理解できる特徴もありますね。
ノイラートの言葉は、言葉と絵の本質をもうひとつ教えてくれます。言葉は対象を分類する機能を持ち、絵は分類しにくいつながりを示す機能を持っています。言葉は分析的であり、ビジュアル表現は総合的だということも、ぜひ覚えておいてください。
言語表現とビジュアル表現の特性を理解して、バランスよく情報を組み立てることが、「わかりやすさ」の土台となります。
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受け手が情報を組み立てる順序
次に、受け手が情報を組み立てる順序に着目しましょう。観察を進めるために、「文章やビジュアルなどの情報」と「人間」とのインタラクションについて考えます。情報の受け取り方が大きく2つあったことを覚えているでしょうか。
強調しておきたいのは、情報が与えられる順序によって、情報の見え方や理解の仕方が変わってくるということです。人間は、目の前に与えられた情報を関連づけながら、意味を構築していきます。Adobe Spark ページは単線アクセス形式ですので、情報の順番はあらかじめ決まっています。私たちは、提示された順番にしたがって情報を解釈し、意味を読みとっていきます。
さて、「2019 Graphic Design Trend 」では、言語表現とビジュアル表現をどのように提示しているのでしょうか。スクロールしながら眺めてみてください。
このウェブサイトでは、キーワードを先に提示する手段を選んでいますね。タイトル以降の「情報が与えられる順序」を確認してください。
この場合、受け手の認識は「キーワードを理解→キーワードをふまえて3枚の写真を解釈する」という順番になりますね。この順序は、ウェブページの目的に合致しているのでしょうか。
一度、視点を変えてみましょう。機能のはたらきを検討するには「要素を置き換えたら?」と考えるアプローチが有効でした。タイトル以降の情報の順番を変えると、どのような違いが見つかるでしょうか。
この場合、受け手の認識は「自由に3枚の写真を解釈→写真から得た印象をキーワードと照合する」という順番になります。このような見せ方も十分考えられますね。
では、このウェブサイトの目的をあらためて思い起こしましょう。流行のキーワードとビジュアルをわかりやすく伝えることでしたね。
ビジュアル表現は、「理解の個人差が大きい」というデメリットがあります。自由な解釈を先に持ってくる場合、3枚の写真によほどの共通点が見出せない限り、意味がぼやけて伝わるでしょう。
対して、はじめにキーワードを伝えて情報処理の範囲を絞ることは、理解の個人差を少なくすることにつながります。「わかりやすさ」という観点から考えると、出来るだけ個人差が少なくなるように情報を「制約」することが、合理的な戦略だと考えることができますね。
したがって、まずは受け手にキーワードと概要を提示したうえで、ビジュアルを提示するという構成は、目的に対して適切な手段を選択していると評価できます。
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ビジュアル表現同士の相互作用:写真
ここからは、ビジュアル表現が複数組み合わさる場面の相互作用について、「写真」の扱いを例にして考えていきます。写真は、伝えたいメッセージや目的にあわせて選択され、配置されています。ここでは、「選択」と「配置」の観点から、写真の機能を観察し、評価する方法を示します。
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選択
デジタルプロダクトに使用されている写真が適切に選択されているかを評価するには、「写真の主役は何か?」「伝えたいメッセージは何か?」と問いかけ、目的と照らし合わせることが有効です。
では、「2019 Graphic Design Trend (Created by Adobe Stock)」の「Brand Stand」というキーワードを紹介するページをみてみましょう。このキーワードは、企業が社会的責任を果たすために立ち向かうべき課題を象徴するものです。このキーワードに合致するかどうかが、選択の基準となりますね。
キーワード自体が幅広い意味合いを持ちますが、いずれも、持続可能性や文化多様性など、「SDGs」に関わるメッセージとして読み取れるでしょう。したがって、写真の選択は目的に合致していると評価できます。
もう一箇所、「Disruptive Expression」というキーワードを紹介するページもみてみましょう。このキーワードは、強いメッセージ性をもつ「破壊的表現」を象徴するものです。このキーワードに合致するかどうかが、選択の基準となりますね。
右側の写真は、人々が絵の具を撒き散らしており、強い祝祭性を感じさせます。ヒンディー教のホーリー祭の写真であり、キーワードに合致していると評価できるでしょう。対して左側の写真は、男性がピースサインをしているもので、破壊的な印象は受けません。なぜ、これが選ばれたのでしょうか。ピースサインを調べてみると、ギリシャでは侮蔑の意になるという情報が見つかります。文化的な制約をふまえれば、この写真もキーワードに合致していると評価できます。
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配置
複数の写真を組み合わせたビジュアル表現を眺めたとき、作り手の伝えたいメッセージは容易に読み取れるでしょう。しかし、「どのようにメッセージが伝わったのか」を考えたことはあるでしょうか。
メッセージを読み取るだけでなく、「どのようにメッセージが伝わったのか」を考えることで、写真同士の相互作用が生み出す機能を評価することができます。それでは、次のレイアウトを検討してみましょう。
まずは、「どの写真が主題か?」を把握します。
一般的に、もっとも大きな写真が全体の主題となります。大きい写真は小さい写真と比べて重要だと認識されます。また、大きい写真には自然と視線が集まるため、主題をアピールできます。対して、関連する小さな写真は、主題の脇を固めています。
また、写真の大きさや配置によって、受け手の視線が辿る順序が変化します。作り手は、重要な写真から順番に見てもらえるように、情報処理の流れをコントロールしています。
したがって、写真同士の配置を評価する場合、それぞれの写真の「大きさは適切か?」「視線誘導は適切か?」と問いかけることが有効です。言い換えると、「主題となる写真を適切に選択しているか?」「引き立て役の写真が、主題をさしおいて目立っていないか?」という観点から、目的と機能があっているかどうかを評価できます。
したがって、レイアウト【A】の主題は「スケッチされた作品」だと判断できますね。
さて、あなたが仮に、「作家の肖像」の特集ページを手がける編集長だったとします。紙面構成を依頼したデザイナーが、レイアウト【A】を提案してきたら、どのように評価するでしょうか?
立ち止まって、少し考えてみてください。「作家の肖像」の特集ページを手がけるあなたは、このレイアウトをどのように評価しますか。
作家自身の生き様に焦点をあてたいのであれば、「作品ではなく、作家を主題にレイアウトしてください」と伝えることになるでしょう。そうすれば、次のようなレイアウトが上がってくるはずですね。
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ここまでみてきたように、「言語表現とビジュアル表現の相互作用」と「ビジュアル表現同士の相互作用」に着目することで、デジタルプロダクトの目的と機能があっているかどうかを評価することができます。
もう一度、考えてみよう
それでは、学習のまとめとして、皆さんが最初に評価した対象を、あらためて評価してみましょう。はじめのアウトプットと比較して、あなたの語彙や観点が変化しているでしょうか。他の学習者の回答からも、多くの学びを得られるでしょう。
おわりに
デザインに組み込まれた部品同士のはたらきが、デジタルプロダクトの目的と合致しているかを評価するアプローチは、いかがでしたか。
ここで経験したプロセスは、文章で言えば推敲や校正にあたる作業です。ものを生み出すプロセスは、アウトプットが目的を達成しているかを観察し、評価する作業の繰り返しです。観察し、評価する力は、表現を生み出す過程においても重要な技術です。ぜひ、ここで得た知見を自分自身の活動につなげていってください。
次は、「2. デジタルプロダクトの設計」について学びましょう。
続く教材『2. デジタルプロダクトの設計』では、ものを生み出すプロセスを知り、実際にデジタルプロダクトを制作するアプローチについて学びます。
◾️コラム1:モンタージュ技法
情報の順序の違いで情報の受け取り方が変わってしまう、という話題がありましたね。ここでは、映画理論において有名な「モンタージュ」技法を紹介します。有名なモンタージュ実験として、「クレショフ効果」をみてみましょう。
いかがだったでしょうか。俳優はいつも無表情です。しかし、直前に流れる映像によって、俳優が演じている感情が異なって見えたのではないでしょうか。映画などの単線アクセスの表現では、このように、直前に示された内容と直後の内容を視聴者が組み合わせることによって意味が生まれます。映像表現だけでなく、プレゼンテーションで写真を提示する場合でも、同様の効果が生まれることが想像できますね。ビジュアル・ストーリーを構成するときには、ぜひ、モンタージュの考え方を取り入れてみてください。
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コラム2:画像検索
写真の「選択」の正しさを評価する場面で、写真にキャプションがついていなかったり出典が明記されていない場合について考えてみましょう。写真の背景知識がないと、正しく評価ができないかもしれません。そのような場面で、Google の「画像検索」が役立ちます。実は、本編で紹介した絵具を撒き散らしている画像が、ヒンディー教の「ホーリー祭」の写真だと特定できたのは、Google の「画像検索」のおかげです。画像の出典がわからず困ったときには、ぜひ画像検索を活用してみてください。
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◾️ 参考文献(もっと学びたい方へ)
- 高橋佑磨・片山なつ(オフィス伝わる), 『伝わるデザイン|研究発表のユニバーサルデザイン』, Webページ, 2017-
- D.A.ノーマン, 『誰のためのデザイン? 増補・改訂版 −認知科学者のデザイン原論』, 新曜社, 2015
- ジョン・ウェイレン, 『脳のしくみとユーザー体験 認知科学者が教えるデザインの成功法則』, ビー・エヌ・エヌ , 2021
本教材は、「デザイン・ルールを発見するための思考プロセス」をいかに伝えるかを目指して設計されました。そのため、「デザイン・ルールの包括的な紹介」という形式をとっていません。デザインの基本ルールを知りたい場合、ネット検索でたくさんの教材が見つけられるでしょう。たとえば、上記の『伝わるデザイン』には、相手に伝達内容が自然と「伝わる」資料作成に必要なデザイン・ルールがまとめられています。本教材で学ぶ「読解する力」とデザイン・ルールの知識を組み合わせて、より良いコミュニケーションの方法を模索していただけたら嬉しい限りです。
また、インタラクションの基本原則や、認知科学とデザインの組み合わせに興味を持った方は、『誰のためのデザイン? 増補・改訂版 −認知科学者のデザイン原論』や、『脳のしくみとユーザー体験 認知科学者が教えるデザインの成功法則』を手に取ってみると良いでしょう。
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◾️ 教材ライセンス:CC BY-NC-SA
本教材は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。
本教材は、北海道大学オープンエデュケーションセンターとアドビ株式会社の共同研究「デジタルリテラシー育成のためのオープン教材開発」の一環として開発されました。