アマチュアリズム 歯界展望:第50巻 第3号 昭和52年9月

ここのところ参院選たけなわ。梅雨の季節と重なり不快指数は最高。

いわゆる政治家離れ、雨後の筍、遊戯化とまでは売り言葉・買い言葉としても、とにかく文化の底流としてのアマチュアリズムの流れのなかに特異な動機を起点とした女性進出がめだつ。

先日、中宮寺の弥勒菩薩を見たくて、半日その近くの寺々を巡り、その足でお誘いを受けていた美術工芸展の会場を廻った。

私は歯科医としての日常、その仕事がらから手仕事にはひとしおの馴染みを感じる。

そして美術品よりも工芸品にその機能的な面でこころ魅かれる。機能的造形の美しさ、最高に機能を発現する素材のもつ色彩の美しさ・光線の反射・投影・色合いの調和と、なかでも半透明の透過の美しさがたまらない。

したがって,アール・ヌーヴォー時代のガラスエ芸が陶器よりも一層好ましい。

そこにもガレー、ドーム、ラリックの作品をはじめ多くのガラスエ芸品があった。

ガラスエ芸を美術にまで高めたのは、アール・ヌーヴォーの作家達であった。

目本の自然科学者、山林植物学者、高島北海。その人の文人画としての教養であった。

中世からの工業・文化の中心。フランス北東部アルザス・ローレス地方の中心ナンシーの学芸の中で全欧最高の農林学校に政府より派遣留学中(1885~1888)の高島北海は、植物学者としての観察記録、スケッチも抜群であったが、少年時代からの教養として身につけた自然観察、心のまとめとしての南画の素養が花霞の表現の点でナンシー地方の工芸家に驚異をもって受けつがれ、ガラス工芸に文字通り花を咲かせた。

しかし、それはまた、南画と同様工人達専門家の手によって文人画精神(アマチュアリズム)を離れ、形式化され僅か15、6年の期間で、機能の点と分離され衰微してセセッション時代に入り、四角四面・実利優先のかどかどしい潤いのない生活環境が残り、今では心の底からのいらだたしさを強いられている。

われわれの心の癒しとして、アール・ヌーヴォーのガラスエ芸品があるとさえ思いながらもアジサイの花も色かおりを終え、朽ち果ててゆく陽ざしの強い、むし暑いラウドスピーカーの騒々しい夕暮の帰路であった.。

Created with images by vschoenpos - "sunset sea beach"

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