はじめに
本教材「2-2 解決すべき課題を定める」では、正しい問題を発見し、適切な課題を設定する方法を学びます。
デザインにとりかかるためには、どのような課題に取り組み、何を解決し、何を提供すべきか、といった目的を設定する必要があります。本教材では、ワークシートを用いて「解決すべき課題を定める」思考プロセスを学ぶことができます。
人間の行為・体験を想像する。
あなたは、デジタルプロダクトを通して人々にどのような体験を届けたいですか。そのために、解決すべき課題は何ですか。
デザインで解決すべき課題を定めるには、自分自身の体験を振り返り、人々の体験を想像することが大切です。
本教材では、与えられた情報や条件をもとにデザインの課題を整理し、定型文(PoV: Point of View)で表現するプロセスを学びます。
Contents
- キークエスチョン
- 課題を定型文(PoV)で表現する
- 課題設定のプロセスをみてみよう
- キークエスチョン(再)
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学習目標
- 定型文(PoV: Point of View)を用いて、デザインで解決すべき課題を設定することができる
考えてみよう
はじめに、下記の Google Form で質問に回答してください。あなたの回答は匿名で集計されます。回答が終わったら、その他の学習者の回答を確認してみてください。
本編では、定型文(PoV: Point of View)を用いて、デザインで解決すべき課題を設定する方法を学びます。学習の最後に、同じ問いにあらためて向き合ってみてください。
学習の前後でキークエスチョンに取り組むのは、あなた自身が、今のあなたと学習後のあなたを比較できるようにするためです。重要なのは、学習による変化をみずから経験することです。学習によって、あなた自身の語彙や観点に変化があったかどうかを、意識してください。
Q. キークエスチョンで改善点を指摘できたのはなぜでしょうか?
あなたは、なぜ 提示されたコンテンツの改善点を指摘することができたのでしょうか。
おそらく、コンテンツの「目的」を想定して、改善点を指摘したのではないでしょうか。コンテンツが「どのような目的を達成する必要があるか」という視点がなければ、改善点を指摘することはできないはずです。
とはいえ、目的をはっきりと意識して改善点を指摘した方は少数だと思います。明確な目的意識なしに思いつく改善案は、なぜその改善が必要なのかを説明できないアイディアにとどまってしまいがちです。
デジタルプロダクトを改善する。あるいは、いちからデジタルプロダクトをつくる。どちらの場合であっても、デザインで解決すべき課題(=目標・目的)を設定し、デザインを進めていくうえでの価値判断の基準を明確にする必要があります。
本教材では、ワークシートを用いて解決すべき課題を定めるプロセスを学びます。以下のリンクボタンからワークシートをダウンロードして、中身を確認してください。
本教材で提供するワークシートは、みなさんがデザインで解決したいチャレンジを定型文(PoV: Point of View)で表現するための道具です。
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課題を定型文(PoV)で表現する
定型文(PoV:Point of View)とは
定型文(PoV:Point of View)とは、あなたの着眼点や洞察をもとに、デザインで解決すべき課題を表現するためのひな型です。定型文は、作り手の「ねらい」や「ものの見方」を端的に表現できるところに強みがあります。
定型文(PoV)は、「読解」から「設計」に至るプロセスで設定します。「正しい問題を見つける」発散と収束のプロセスで考えたことを文章にまとめ、デザインの目標を方向づけます。
本教材では以下の定型文を使います。
- わたしは【特定の目的を達成したいどんな人】のために、
- 【既存の体験・価値をもたらす何か】ではなく、
- 【新しい体験・価値をもたらす何か】を提供したい。
- なぜなら【理由:あなたのウォンツと人々のニーズの対応づけ】。
定型文の空欄(【】部分)は、デザインに不可欠な4つの観点に対応しています。
- 人々のニーズ
- プロダクトがもたらす既存の体験・価値
- デジタルプロダクトがもたらす新しい体験・価値
- あなたのウォンツ
これらの観点は、次の4象限で整理できます。
定型文の骨組みは、既存のプロダクトが抱える課題を解決するために、新しいプロダクトを提供することです。「人々のニーズ」「既存の体験・価値」「あなたのウォンツ」について検討し、「デジタルプロダクトがもたらす新しい体験・価値」を見出します。
定型文を埋めながら思考を整理する作業は、星空の中から進むべき方角を示す北極星を見つけ出す作業に似ています。定型文を言語化しておくと、道に迷っても進むべき針路に向き直ることができます。
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ワークシートを活用した定型文(PoV)作成の手順
続いて、ワークシートを活用して定型文(PoV)を作成する方法を説明します。主な手順は次の通りです。
- 探求の足がかりをつくる
- 視野を広げる(=発散シート)
- 視野を絞る(=収束シート)
- 2 と 3 を繰り返す
まずは、どこから考えるか、何から手をつけるか、探求の足がかりをつくります。はじめに定型文を埋めてみて、任意のキーワードを抽出することをおすすめします。その後、キーワードを起点に視野を広げ(=発散)、洞察を言語化して視野を絞り、定型文を更新する(=収束)作業を、ぐるぐると繰り返します。定型文を推敲する過程で具体的な解決策がイメージでき、気持ちが生き生きと高揚するのを感じとれたら、ひとまず完成といえるでしょう。
本教材では、作業ごとにワークシートを用意しています。
それでは、各手順の要点を、確認していきましょう。
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1. 探求の足がかりをつくる
はじめに、何はともあれ定型文を埋めてみます。その時点で、あなたは何を埋められて、何を埋められないでしょうか。
意識していただきたいのは、たやすく埋められない項目について考えることこそが、デジタルプロダクトをとりまく現状の課題とあなたの興味関心との接点を探る重要なプロセスだということです。
また、ここで埋めることが出来たキーワードが、発散シートを使って視野を広げるための足がかりとなります。
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2. 視野を広げる(=発散シート)
発散シートは、定型文に穴埋めできたキーワードや、パッと頭に浮かんだイメージをもとに人々とデジタルプロダクトとの新たな関係を思い描くために使います。身近な事柄から普段あまり意識しない事柄へと広く浅く視野を広げ、その後、興味のあるテーマを軸に掘り下げるとよいでしょう。
このワークでもっとも重視すべきことは、現状を把握して未来を想像することです。言い換えると、現状を捉え直す、あなた自身の「ものの見方」(=洞察)を引き出すことです。デジタルプロダクトと人々との相互作用について理解を深め、どのような体験や価値を提供すると人々が喜んでくれるのかを考えます。
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3. 視野を絞る(=収束シート)
収束シートは、発散シートで発見した特定の事柄に焦点をあてて視野を絞り、解決すべき課題を言語化するために使います。
繰り返しになりますが、定型文をつくってみて、その時点で何が足りないのかを把握することが大切です。このとき容易に言語化できない事柄について考えることが、解決すべき課題を発見する重要なプロセスであり、ワークの目的です。
上下の空きスペースは、発散シートでアウトプットした事柄を要約したり何かにたとえることで、情報を意味づけ、整理するために使います。羅列したキーワード同士の思わぬ結びつきが、新しいアイディアに発展することもあります。
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ワークシート活用のポイント
探究過程では、次の3つのポイントを意識すると良いでしょう。深掘り作業を効率化するためには、自己批判の精神がおおいに役立ちます。
- モヤモヤしたら、そもそもの前提を「なぜ?」と問う
- ワークシートは綺麗に使わなくて良い(あとで見返したときに理解できれば十分)
- 自分のアウトプットにツッコミを入れ続ける(本当に?/なぜ?/どうしたら?)
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もう一度、手順を振り返っておきましょう。
はじめに、定型文に埋められない事柄を確認するとともに、埋めることができたキーワードを探求の足がかりにします。その後、キーワードを起点に視野を広げ(=発散)、洞察を言語化して視野を絞り、定型文を更新する(=収束)作業をぐるぐると繰り返します。発散と収束の探求プロセスでは、自分のアウトプットにツッコミを入れ続けることも肝要です。定型文を推敲する過程で、具体的な解決策がイメージでき、気持ちが生き生きと高揚するのを感じとれたら、ひとまず完成とします。
次のセクションでは、具体的なワークシートの活用方法を学びましょう。
課題設定のプロセスをみてみよう
それでは、ワークシートを活用した課題設定のプロセスをみてみましょう。ここでは、次の課題を想定して定型文(PoV)をつくってみます。
想定課題
- 状況:デジタルリテラシーを学ぶ授業の提出課題とする
- 課題:サブスクリプションをテーマにしたウェブ記事を作成すること
- 条件:Adobe Spark で作成したウェブページのURLを提出すること
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1. 定型文を埋めてみる
次の動画(2分42秒)では、与えられた課題をもとに定型文を埋めることで、まだ言語化できていない事柄を把握し、探求の足がかりをつくる最初のステップを示します。
ここからは、ワークシートを印刷し、動画を視聴しながら実際に作業することをおすすめします。印刷ができない場合、ノートやコピー用紙に十字線をひいて再現するとよいでしょう。ぜひ、想定課題と同じテーマについて、自分なりに考えてみてください。あるいは、キークエスチョンのポスター改善をテーマにしてもよいでしょう。
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2. 視野を広げる(=発散)
次の動画(4分36秒)では、現状を理解して正しい問題を発見するために、幅広い視点に立って視野を広げるプロセスを示します。
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3. 視野を絞る(=収束)
次の動画(1分50秒)では、発散的に検討した内容を言語化する過程を通して、自身の洞察を深め、視野を絞り込んでいくプロセスを示します。
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4. 発散と収束を繰り返す
次の動画(5分)では、キーワードを起点に視野を広げ(=発散)、洞察を言語化して視野を絞り、定型文を更新する(=収束)作業を繰り返すプロセスを示します。
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定型文(PoV)の完成例
以上のプロセスを経て、定型文が出来上がりました。どのような課題が方向づけられているか確認してみましょう。
- わたしは【身近な事例で社会の変化を理解したいという知識欲があり、日常的にサブスクを利用しているがサブスクそれ自体には興味を抱いていない人】のために、
- 【サブスクに関する定義や関連情報を説明するウェブ記事】ではなく、
- 【サブスクを通して時代の変化を考察するウェブ記事】を提供したい。
- なぜなら【サブスクについて知ることに関心がない人にとっては、サブスクを通して時代の変化を考察する記事のほうが興味をそそられるだろうから。また、時代の変化を考察する枠組みとして「意味のイノベーション」の観点を紹介することで、サブスクだけでなく身近な事例をもとに社会の変化を読み解く方法を提供できるから】。
この定型文では、サブスクに興味があるコアな対象者ではなく、外側にいる周縁の対象者に目を向け、「サブスクについての記事」ではなく「サブスクを通して考える記事」を提供する、という課題が示されました。
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デモとは異なる展開例を少し検討してみましょう。
たとえば、ネットにうとい祖父母にサブスクの安全性を伝えるウェブ記事をデザインしたいという「あなたのウォンツ」があったとします。すると、そもそもネットにうとい人々が、どのようにウェブ記事にアクセスするのか? という「プロダクトがもたらす既存の体験・価値」に関する問題に気がつくでしょう。
ここでは、ウェブ記事の制作が絶対条件になっているとします。この場合、ありうる解決案は、子や孫世代をウェブ記事の対象者に設定することです。たとえば、「祖父母にサブスクをわかりやすく説明したい人」のために「実体験をもとに祖父母にサブスクをわかりやすく伝える方法を紹介するウェブ記事」を提供するという課題を設定できるかもしれません。
さらに掘り下げると、なぜウェブを利用しない祖父母にサブスクの安全性を伝える必要があるのか? どのような場面で、祖父母にサブスクをわかりやすく説明する必要が生じるのか? という「人々のニーズ」に関する根本的な問いが浮上するでしょう。この時、原点である「あなたのウォンツ」を否定する必要はありません。むしろ、こういった問いを掘りおこし、「あなたのウォンツ」と「人々のニーズ」が重なり合う領域を探索することで、「デジタルプロダクトがもたらす新しい体験・価値」が見えてくるとともに、あなたが解決すべき課題が明らかになっていくでしょう。
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まとめ
さて、解決すべき課題を定めるプロセスは、いかがでしたでしょうか。はじめに「定型文を埋めてみる」ことで探求の足がかりをつくりました。その後、キーワードを起点に視野を広げ(=発散)、洞察を言語化して定型文を更新する(=収束)作業を繰り返すことで、徐々に解決すべき課題が明確になっていきましたね。
ここで示したプロセスと定型文はあくまで一例です。真似できるところは真似し、批判すべきところは批判する気持ちで実践に役立ててください。実践を積むなかで、自分でオリジナルのワークシートや定型文をつくることにも、チャレンジしていただければと思います。
定型文をつくる目的は、あなた自身が解決すべき課題を見つけるためです。定型文をつくることが目的ではありません。ぜひ、自分にとって切実な問いを見つけるプロセスを楽しんでください。
もう一度、考えてみよう
それでは、学習のまとめとして、もう一度キークエスチョンに取り組んでみましょう。はじめのアウトプットと比較して、語彙や観点が変化しているでしょうか。他の学習者の回答からも、多くの学びを得られるでしょう。
おわりに
与えたれた情報や条件をもとに正しい問題を発見し、適切な課題を設定するプロセスは、いかがでしたでしょうか。
本教材のワークシートは、研究活動、学会ポスターやプレゼン資料など、人とモノとの関係を作り出すために活用できます。ぜひ、ここで学んだ考え方をあなたの実践に活かしてください。
次回は「表現の方向性を定める」方法を学びます
あなたが制作するデジタルプロダクトは、対象ユーザーにどのような体験を提供できるでしょうか。どのようにアクセスされ、どのように理解されるでしょうか。ユーザーの気持ちや行動は、どのように変化するでしょうか。
続く教材『2-3 表現の方向性を定める』では、対象ユーザーがデジタルプロダクトを使って目的を達成するまでの「体験」に着目し、目的にあった機能とスタイルを設計する方法を学びます。
◾️ コラム: 色々な定型文(PoV)
本教材で紹介した定型文(PoV)は、2021年時点のデザインや教育に関する知見をふまえて北海道大学オープンエデュケーションセンターが提案している定型文です。ここでは、マイケル・リューリックらの著書『The Design Thinking Playbook』から、本教材の定型文を検討する際にも参考にした有名な定型文(PoV)を3点ご紹介します。どれも【 】部分に言葉を代入することで、デザインで解決すべき課題を見つけるために役立てることができます。
1. どうすればPoV: どうすれば【ユーザー・顧客】が【特定の目標】を達成する手立てができるか?/【ユーザー・顧客】が【特定の目標】を達成する方法はいくつあるか?
2. スタンフォードPoV:【ユーザー】は【ニーズ】を必要としている。なぜなら【驚きの洞察】。/【誰か】が【何】を【ニーズ充足】のために求めている。なぜなら【モチベーション】。
3. アジャイルメソッド ユーザーストーリーPoV:【役割/ペルソナ】(誰が)として、【利点】(なぜ)を達成するために、【行動・目標・希望】(何を)をしたい。
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◾️ 参考文献(もっと学びたい方へ)
- 筒井美希, 『伝わる発表資料作成のためのデザインのいろは』, Adobe Webページ, 2020
- 高橋佑磨・片山なつ(オフィス伝わる), 『伝わるデザイン|研究発表のユニバーサルデザイン』, Webページ, 2017-
- 安藤 昭子,『才能をひらく編集工学 世界の見方を変える10の思考法』,ディスカヴァー・トゥエンティワン, 2020
- ティム・ブラウン, 『デザイン思考が世界を変える〔アップデート版〕』, 早川書房, 2019
- ロベルト・ベルガンティ, 『突破するデザイン』, 日経BP社, 2017
- D.A.ノーマン, 『誰のためのデザイン? 増補・改訂版 −認知科学者のデザイン原論』, 新曜社, 2015
本教材は、「デザイン・ルールを発見するための思考プロセス」をいかに伝えるかを目指して設計されました。このプロセスを豊かなものにするには、デザインのノウハウを知ることも重要です。
たとえば、上記の『伝わるデザイン』や『伝わる発表資料作成のためのデザインのいろは』では、ビジュアル・デザインの本質的なノウハウを、わかりやすく示してくれています(これらは無料で閲覧することができます)。また、『才能をひらく編集工学 世界の見方を変える10の思考法』では、デザインとの関連が非常に深い「編集工学」の視点から、創造的問題解決に役立つ思考法が整理されています。本教材で提供するワークシートを使った思考プロセスに、デザイナーが意識しているノウハウを取り入れて、より良いコミュニケーションの方法を模索していただけたら嬉しい限りです。
また、デザインの考え方そのものについて学びたい方や、ビジネスにおける「意味のイノベーション」に興味がある方は、『デザイン思考が世界を変える〔アップデート版〕』や、『突破するデザイン』などを読んでみると良いでしょう。認知科学とデザインの組み合わせに興味がある方は、『誰のためのデザイン? 増補・改訂版 −認知科学者のデザイン原論』を手に取ってみると良いでしょう。
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◾️ 教材ライセンス:CC BY-NC-SA
本教材は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。
本教材は、北海道大学オープンエデュケーションセンターとアドビ株式会社の共同研究「デジタルリテラシー育成のためのオープン教材開発」の一環として開発されました。